イチロー32歳の「原点回帰」
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| 〜語学留学編〜 |
| オーストラリア留学のきっかけ |
 私はパース在住32歳マードック大学にてMaster of Science in Renewable Energyを専攻して2年目になるイチローです。(2006年3月現在)まあ簡単にいえば何千人もいる海外日本人留学生の一人な訳ですが、日本で大学卒業後社会人を6年経験してから渡豪している点では多くの留学生達とは少し違った価値観でこちらでの生活を楽しめているのではないかと思います。
私は最初から大学院留学を目指していたわけではありません。海外留学、オーストラリア留学を決めた一番大きな理由は、単に自分の可能性と視野を広げたかったということです。日本建設業界の一員として忙しい生活を送る中、何か自分の考え方や日本の経済の仕組みに行き詰まりを感じていた自分に必要なのは、何か人とは違った視点で世の中を見られる能力だと感じました。単純な私がすぐに思いついたのは外国語の勉強、もし自分が英語か何か他の言語をしゃらべれたら世界中色んな人とコミュニケーションがとれて自分の見える世界が広がるだろうなあ、と。
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| オーストラリアへ 。語学留学生活での決意 |
 趣味のサーフィンが高じて留学先をオーストラリアに決め、自己紹介程度しかできない自分の英語能力を考え語学学校を1年分申し込み、右も左も分からないまま会社を辞めてからすぐにオーストラリア、シドニーに渡りました。学校に通い始めてすぐに実感したのはアジア系の学生とヨーロッパ系の学生の英語能力の格差です。(今考えれば、ヨーロッパの連中は英語と同じラテンルーツの言語で生活しているのだからそれは当然なのではとも思いますが。)語学力以外でも彼らの個人個人の意見をその場その場でぶつけてくる能力など日本社会ではあまりみられないギャップみたいのを感じたのを覚えています。
自分のみじめな語学力を実感してしまった自分が決めた目標はとにかく英語をしゃべる事。考え方や言葉も全て違う西洋のライフスタイルを学ぶ為には考えるのもしゃべるのも聞くのも全て英語でないと本当に実感できない事を実感しました。普段の会話の中で日本語を英語に翻訳してそれをまた日本語に翻訳している時間等ありません。それ以上に日本語にある単語が英語には存在しなかったり、英語にある単語が日本語には存在しない、それをいちいち説明出来る語学能力がないのだから最初からそんな事やってられたらプロの通訳にでもなれるなあと思いましたね。
このような大きな文化の違いにすぐ気づいた自分が決めたのは地元オーストラリア他、ヨーロッパからの留学生と極力時間を共に過ごす事でした。彼らと同じものを食べ、同じ遊びをして生活する中で学ぶものは多く、1年間の語学学校が終わった時には世界中に友人が出来て本当に人生でかけがえの無い時間だったなあと今でも思います。
一つ自分が頑固に決めていたのは留学生活最初の1年間で日本語を全く話さない様にした事です。(もちろんたまに日本の家族友人と電話をする時は日本語です)これは学校にいる日本人の友人といる時も一緒でしたから、変な奴だなあと思う人もいたと思いますが、俺の意思の固さに気づいてくれた日本人留学生達とはいつもお互い片言の英語どうしで意見交換してはたから見ればおかしな、それでも楽しい時間を過ごしました。
苦労の甲斐あってか挨拶程度の英語しか出来ない状態で入学した私でも、卒業するころにはビジネス英語の上級クラスでも世界中の友人と文化・社会の違いなどをそれなりに議論できる様になりましたね。同様に英語だけで話していた日本人の友人たちも飛躍的に英語力が伸びていきました。
余談ながら、当時の日本人の友人たちと今では日本語で話すこともありますが最初は照れくさかったですね。
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